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研究内容

テーマ1.肺の生体防御を担う受容体分子の機能解明

肺には呼吸を介して進入してきた病原菌などの異物を除去する生体防御システム(自然免疫)が備わっている。最近のノックアウトマウスの解析から,Gタンパク質共役型受容体の一つであるIg-Hepta (Adgrf5またはGpr116とも呼ばれる) がこの生体防御に深く関わっていることが明らかとなった。 Ig-Heptaの発信するシグナルとその作用機構を明らかにすることで,肺における免疫調節のしくみとその破綻による病態発症のメカニズムの理解につなげたい。

1. 呼吸機能を支える肺サーファクタントの分泌調節

Lung surfactant levels are regulated by Ig-Hepta/GPR116 by monitoring surfactant protein D. PLoS ONE 8(7), e6945, 2013 PMID: 23922714

肺は酸素と二酸化炭素の交換を行う生体の生存にとって重要な臓器である。このガス交換は,ブドウの房に似た肺胞で行われる。肺胞は二種類の上皮細胞からできていて,肺胞Ⅰ型細胞が9割程を占め,残りはⅡ型細胞であり,ヒトの肺胞の総表面積はテニスコート半分程の大きさにもなる。Ⅱ型細胞は少数派であるが,肺胞内の表面を薄く覆っている肺サーファクタントを生成して分泌しており,呼吸機能にとって非常に重要な役割を果たしている。肺サーファクタントは界面活性剤の一種であり,肺胞壁の表面張力を下げることで呼吸を助ける働きがある。肺サーファクタントが不足すると肺胞は潰れてしまい(虚脱),また,多すぎても呼吸困難になってしまうことから,その量は厳密に調節されていなければならない。肺サーファクタント量は,Ⅱ型細胞による分泌と肺胞マクロファージによる分解のバランスでコントロールされているが,どのようにして肺サーファクタント量をモニターし,その情報を合成・分解系に伝えているかは謎であった。

Ig-Hepta Ig-Hepta

Ig-Hepta (GPR116またはADGRF5とも呼ばれる)は,肺胞Ⅱ型細胞に高発現しているGタンパク質共役型受容体(GPCR)で細胞外領域が非常に長い(1000アミノ酸残基以上)という特徴を持つ。長い間,リガンドが未知のオーファンGPCRとして分類されてきた。最近,Ig-Heptaのノックアウト(KO)マウスを作製したところ,肺胞内を覆う肺サーファクタントが異常に蓄積することを見出した。KOマウスでは肺サーファクタントを構成する脂質の生合成が促進しているが,マクロファージによる分解に影響があまりないことが分かった。さらに,Ig-Heptaの細胞外領域と肺サーファクタントタンパク質SP-Dが結合することも明らかにした。以上の結果から,Ⅱ型細胞に発現するIg-Heptaは肺胞サーファクタント量をモニターしその分泌量を調節する分子センサーである可能性が高いといえる。

現在,Ig-Heptaがどのようにしてサーファクタント量をモニターしているのかというセンシングの仕組みと,サーファクタント合成系を制御する細胞内情報伝達の実体の解明を目指した解析を行っている。

2. 肺の免疫調節におけるIg-Heptaの役割

Targeted disruption of Ig-Hepta/Gpr116 causes emphysema-like symptoms that are associated with alveolar macrophage activation. J. Biol. Chem. 290, 11032-11040, 2015 PMID: 25778400
Loss of the adhesion G-protein coupled receptor ADGRF5 in mice induces airway inflammation and the expression of CCL2 in lung endothelial cells. Respir. Res. 20, 11, 2019 PMID: 30654796

Ig-Heptaノックアウトマウスの肺にはもう一つ興味深い表現型がある。KOマウスの肺胞内部には多数の肺胞マクロファージが集積し,多数のサイトカイン・ケモカイン,活性酸素種(ROS),基底膜分解酵素(MMP)を産生分泌していることが分かった。これら炎症性メディエーターは局所的な炎症反応を誘発し,肺胞壁の破壊につながることが知られており,実際にKOマウスの肺胞の構造は著しく変化している。これらの症状は,ヒトの慢性閉塞性肺疾患(COPD)の症状と良く似たところがあることから,Ig-Heptaが肺における免疫調節およびCOPDの発症機序に関与している可能性が高いものと考えている。(COPDは全世界における死因の上位に位置し,その発症機序や治療法が確立していない。) Ig-Heptaの発現は肺胞マクロファージには認められないことから,KOマウスのⅡ型細胞からマクロファージの活性化因子が分泌されており,正常マウスではこの分泌がIg-Heptaによって抑えられてマクロファージの活性化が負に制御されているのではないかと考えている。現在は,Ig-Heptaの下流に位置するマクロファージ活性化因子の同定を目指して解析を行っている。さらに、Ig-Hepta欠損によって肺胞だけでなく気管支においても炎症反応が生じていること、また、この肺の炎症応答が肺血管内皮細胞における炎症性メディエーターの産生亢進によって引き起こされている可能性を見出した。私たちはIg-Heptaが肺における免疫調節に関与しているものと考え、血管内皮細胞におけるIg-Heptaの役割について分子レベルで明らかにすることを目指しています。

Ig-Hepta

3. 糖代謝調節に関与する新規リガンドの発見

Orphan GPR116 mediates the insulin sensitizing effects of the hepatokine FNDC4 in adipose tissue.Nat. Commun. 12, 2999, 2021PMID: 34016966

Ig-Heptaは脂肪細胞にも発現しておりエネルギー代謝との関連が報告されていたが、その分子機序については明らかではなかった。私たちは肝臓から産生される新規ホルモンFNDC4が白色脂肪細胞のIg-Heptaと作用することによって、インスリン応答時のグルコース取り込み活性を亢進することを明らかにした。高脂肪食負荷による糖尿病予備モデルマウスを用いた解析で、FNDC4投与によってIg-Hepta依存的に耐糖能の改善傾向が認められた。したがって、Ig-Heptaは脂肪組織において糖代謝の制御分子として機能することが考えられ、その分子メカニズムを明らかにすることで2型糖尿病の発症機序や治療方法に対する新たな知見が得られるものと期待している。また、この新規ホルモンが他のIg-Heptaを発現する組織において何らかの役割を持つのかを明らかにするために解析中である。


テーマ2.オルガネラ特異的なユビキチン化制御システムの生理機能の解明

生命現象は多種多様なタンパク質の働きによって維持されており,個々のタンパク質の発現・細胞内局在・活性・構造は厳密に制御されている。この制御のしくみの一つとしてタンパク質翻訳後修飾であるユビキチン化が重要な役割を担っていることが知られている。私たちは,特定のオルガネラ膜に存在するユビキチン化制御分子を発見し,受容体などの膜タンパク質の発現量や細胞内局在の調節や決定に関与することを明らかにしている。オルガネラを介した新たなシグナル伝達や細胞内恒常性維持の機構があるものと考え,新発見のユビキチン化制御分子の機能解析を行っている。


ミトコンドリアの形態・機能制御

ミトコンドリアは絶えず形や細胞内分布をダイナミックに変化させている。この形態変化はミトコンドリア機能(エネルギー産生,アポトーシスなど)と密接な関係があり,形態調節の異常が神経変性疾患の原因となることから,ミトコンドリア形態制御の分子機構の解明が待たれている。私たちは哺乳動物ミトコンドリアのユビキチン化制御分子を同定し,ユビキチン化がミトコンドリア形態調節に働くことを見出している。現在,これらの分子の作用機構の解析を進めている。→日本語説明

mitochondria


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